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松江家庭裁判所浜田支部 昭和38年(家)134号 審判 1963年12月18日

申立人(遺言執行者) 島田清(仮名)

相手方 岡本幸子(仮名)

主文

本件申立を却下する

理由

申立人は「相手方岡本幸子が本籍島根県○○市大字△△○○○番地内二、亡岡本一郎の推定相続人であることを廃除する。」旨の審判を求め、申立の理由として次のとおり述べた。

一、申立人は、岡本一郎が昭和三五年一二月九日になした公正証書遺言によつて遺言執行者に指定されたものであり、相手方は一郎の養子であるが、右遺言は同年一二月二五日一郎の死亡により効力を生じた。

二、一郎は右遺言により相手方の推定相続人であることを廃除する旨の遺言をなした。その廃除事由は次のとおりである。

(一)  一郎は同三二年九月相手方の実父村山一男のすすめで妻フユユと共に相手方と養子縁組をしたが、妻フユコと広島市に居住し、相手方は実父と共に江津市で暮していた。当時一郎は生計にはさして困らなかつたが、次第に下駄職人としての収入も減り、妻フユコも赤線の廃止で仲居をやめてからは、生活はとみに苦しくなり、老齢に鞭打つて日雇労務者として働かざるを得なくなつた。かくて一郎は同三五年一〇月病の床に倒れ、診断の結果胃癌及び肝臓転位癌であることが判り、じらい治療を受ける身となり収入の途は絶えた。然るに相手方は、一郎の右窮状を知りながら何等扶養の道を講じないのみか、実父一男が一郎所有家屋、土地の管理人として徴集した賃料を一郎の懇願にもかかわらず実父と意を通じ送金しなかつたものである。

(二)  相手方は広島市に居住する一郎の許に一度も寄りつかず、また見舞に訪れたこともなく、一通の音信、見舞状すら出していない。

(三)  相手方はいずれも実父一男と共謀のうえ、一男が徴集した前記賃料のうち、約七〇万円を自己の生活費のために費消し、同三三年六月前記一郎所有不動産に対し一男を質権者とする債権額金五八万余円の虚偽の質権登記をなした。

よつて遺言執行者たる申立人は、前記遺言を執行するため本申立に及んだものである。

当裁判所は申立人及び相手方の審問並びに証人岡本フユコ、村山一男、大川啓介、川野忠一の各尋問をなした。

なお、本件は調停に付されが、結局不調となつたものである。

そこで以下検討する。

遺言公正証書並びに戸籍謄本によると申立人主張一の事実を認めることができる。

ところで本件申立の適否については若干の問題がある。それは右公正証書第一条には「養子幸子は昭和三二年九月私等の養女として入籍したものであるが、同人はそれ以来私共の方へ一度も来たことなく私が病床に就いてから通知をしたにも拘らず一度も来広せず、見舞の手紙もよこさず仕送りもしない冷酷な振舞を続けて居るので養子の実がないわけだから同人に対し離縁の手続を執つてもらいたい」という記載はあるが、外観上相続人廃除の文言の記載は見当らないので、右記載をもつて推定相続人廃除の意思が表示されているかということである。

養親である遺言者が遺言において養子との離縁を求めている場合に、右養親が死亡すれば死亡養親の方からその者と養子(幸子は成年者)との離縁を求めることはできないから、前記遺言は無意味のように思われる。ただ遺言執行者において養子(成年)に対し死亡養親との離縁の手続をとるよう促がす点において意味があるけれども、前記遺言が遺言執行者たる申立人に対しかかる措置を期待しているものとは認め難い。一郎は妻フユコと共に相手方を被告として同三五年一二月一三日松江地方裁判所浜田支部に離縁の訴を提起し(訴状謄本により明らかである。またフユコと相手方との間には、その後当庁において離縁の調停が成立した)、訴訟係属中において死亡したため該訴訟は消滅したのであるが、このような場合、離縁の意思表示があれば離縁によつて相続権もなくなるという結果論から推定相続人の廃除の意思も表示されたものとも考えられるが、かく単純に考察するのは相当ではない。蓋し当事者の意思として、相続財産を相続させないために離縁を求める場合とそうでない場合とがあるからである。然らばどのように解すべきか。

遺言書に相続人を廃除する旨の文言の記載がなければ絶対的に廃除の意思を表示したものとは認められないとすると、法的知識に乏しい遺言者に対し往々にして酷な結果をもたらすこととなるので、かく厳格に解すべきではなく、遺言書に単に離縁を求める旨の記載があつても遺言者において遺留分をもつ推定相続人をして相続財産を相続させない意思を有するものと認められるときは、なお廃除の意思を表示したものと解するのが相当である。

これを本件について見るに、一郎が前記のとおり遺言後直ちに離縁の訴を提起していること並びに証人大川啓介の証言を綜合すると、一郎は相手方との離縁のことを書いておけば、自己死亡後においては相手方には何も相続させないような手続を講じてもらえるし、事実その手続をとつてもらいたい意思であつたことが充分認められるから、本件申立は適法というべきである。

よつて廃除事由について考察をすすめるが、右事由は遺言において表示し特定されなければならないところ、申立人主張の(三)の事実については、前記遺言書によると相手方の実父一男が前記徴集した賃料の殆んどを送金してくれず、また一郎所有不動産に申立人主張のような虚偽の質権設定登記をなしているので遺言執行において右賃料を取り立ててもらいたいこと、右登記の抹消登記をしてもらいたいことの記載があるのみで、相手方に対する廃除事由の一として表示されているものとは認め難いので右(三)の事実の有無について審理判断をなすことは許されないといわなければならない。

そこで(一)、(二)の廃除事由について考察するに、調査官作成の報告書並びに各証拠を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)の事実について

一郎は同三三年四月妻フユコが赤線の廃止で仲居をやめてからは、収入の少ない下駄職人の仕事をすてて日雇労務者として就労するようになつたが、同三五年一〇月胃癌に侵され、じらい病床にあつて治療を受け生活は苦しかつたこと、相手方の実父一男は江津市所在の一郎所有家屋、土地の管理人として賃借人より徴集した賃料の中より同三三年四月以降毎年一月、八月の二回に亘り五千円宛一郎に送金していたこと、一郎は右金員以外に必要に応じて一男に金の要求を(特に病に倒れてからは頻繁に)したが、一男が右要求に全く応じなかつたわけではないけれども誠意の不足、額の少なさから一郎の感情を害するに至つたこと、相手方は一郎が病床にあつて生活に苦しんでいることは、知つていたか又は当然知り得た筈であるが、同人に対する送金はすべて父一男がこれに当つていたので父が適当にやつてくれているものと思つていたことが認められる。

右のような状況下にあつては、相手方としてはよく事情を確かめ一郎と実父との仲が円満に運ぶよう努力すべきであつたのに、これを尽さなかつたことにおいて批難すべき点があるが、未だこれをもつて相手方に対する廃除事由に該当するものと解することはできない。

(二)の事実について。

右(二)の事実は、これを認めることができる。しかし更にこれを検討すると一郎と相手方が同居しなかつたのは相手方がこれを拒んだわけではなく一郎のみならず一男の意思であつたこと、一郎が江津市を訪れた折には相手方と会つていたが、相手方が広島の一郎の許を尋ねないのは父一男よりその必要のないことを申し渡されていたためであること、一郎と一男とは双方文通を交して近況報告等をしていたけれども一郎と相手方との間にはお互に文通をしていなかつたこと、一郎が病床に倒れた後には前記のとおり双方の感情がもつれ険悪の状態であつたため相手方の気持として見舞に行つたり見舞状を出すことができなかつたためであることが認められる。これを要するに相手方は父一男の意思のままに行動したことが推認できるのであつて、病床にある養父に対する態度としてはいささか軽卒であり充分反省すべきであるが、責められるべきはむしろ一男であるというべきであり、未だ右事実をもつて相手方廃除の事由とはなり得ないといわなければならない。

以上説示のとおり本件申立は結局廃除事由がないことに帰着し、理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。

(裁判官 荒石利雄)

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